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hiphop、この言葉を知ってhiphopの音楽に魅了されてもう何年にもなります。毎回のようにイベントに行くのも、出張先のレコードショップから、近所の古本屋までどこでもhiphopをDIGりに行くのも、サイプレスヒルを聴きながらチルアウトするのも、そしてなによりイベントやクラブでつながったDJ、MC、ダンサー、ライター仲間がいるのも全部hiphopのおかげです。そんなhiphopを、みんなに知ってもらうため、そして自分自身が更に深く知るためこんなサイトを作りました。全然深くはないですが、hiphopの歴史やスタイル、hiphopの要素を知って、hiphopを好きになってくれる人がひとりでもいれば嬉しいです。

 

hiphopのルーツ

諸説は色々とあるようですが、hiphopの歴史の始まりはhiphopは1970年代半ばのニューヨークのブロンクスです。アフロアメリカン、ヒスパニック系の人達がすべての機材を自宅から持ち出して、ブレイクビーツを流して踊っていたブロックパーティーから生まれた文化と言われています。

ブレイク・ビーツとは、2台のターンテーブルである曲のドラムやベースが強調されている部分を繰り返しかける奏法で、偶然に全く同じレコードを2枚かけ、15秒やそこらのブレイク・ビーツを繰り返しかけたのがその始まりである。

それを発明したのは、もちろんジャマイカ出身のDJクール・ハーク(Kool Herc)です。YESSS!

アフロアメリカンとヒスパニック

アフロアメリカンとはアフリカ系のアメリカ人で、19世紀の半ば南北戦争以前にアフリカからアメリカに強制連行されてきた黒人奴隷の子孫を指す、いわゆるアメリカ黒人のことです。

ヒスパニックは、メキシコやキューバ、プエルトリコなどの中南米のスペイン語圏諸国からアメリカに渡って来た移民とその子孫を言います。また、先祖が元々旧メキシコ領に住んでいて、米墨戦争(べいぼくせんそう:1846年〜1848年に行われたアメリカとメキシコ間で起こった戦争)によって住んでいた土地がアメリカ合衆国に組み込まれたために、アメリカには移民したつもりは無いのにアメリカに住むハメになってしまった人達もいました。現在ではアメリカ合衆国の人口の約13〜14%(4000万人以上)を占めていて、アメリカ合衆国では最大の少数民族でもあります。

アフロアメリカンは今も続く黒人差別の影響から来る貧困等の苦しみが続き、ヒスパニック系の人達は英語での十分なコミュニケーションが取れない事実からの社会摩擦に頭を抱えていました。そんな社会において近所の公園などの野外で開かれていたこのブロックパーティーは当時全盛だったディスコの入場料が高すぎて払えない連中や、その音楽に不満を持っている連中の娯楽の1つとして受け入れられ、そして新型の文化活動・アート・ムーブメントの名称とし彼らに親しまれるようになって、hiphopという新しい文化がうまれたのです。

新しい文化hiphopの誕生

今の音楽に満足できないのなら、勝手に自分たちで音を組み替えて使ってしまおうという再構成の爽快な図々しさ、その考え方や創意工夫がhiphopという文化の基本になったのではないかと思います。

hiphopが最初に始まった時には、目の前にラップやスクラッチというお手本があった訳ではないのです。20世紀後半を象徴するhiphopという文化は、誰の助けも借りず、手作りで楽しむと言う目的を持ったアーティスト達が、タフでラフな街中で作り上げていったものなのです。

地下鉄の車両や建築物に巨大な絵画を一夜にして描くグラフィティ・アート、身体を回転させたり、数々の信じられないアクロバティックな動きを展開するブレイク・ダンス、滑らかに激しく感情を言葉にするラップ、ドゥギドゥギとレコード盤を針で擦りあげノイズをメロディーやビートに刻み込んでしまうDJ、それらhiphopの4大要素に共通するのは、フレッシュさとオリジナルだった。

こうしてhiphopはニューヨーク、ブロンクスの地で産声をあげた。

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